まとめ

・シェアリングエコノミーとはモノやサービスなどを他者と共有・交換する取り組み。あるいは社会の中に過剰に存在する資産の活用。

・シェアリングエコノミーは資本主義という社会の次のあり方を表す言葉とも言われている

・シェアリングエコノミーでは「お金」より「信用」が大切&「ギブ・アンド・ギブ」がキーワード?

皆さんはシェアリングエコノミーという言葉はご存知だろうか。

この言葉はここ数年で言われ始めてきた言葉で、モノ・サービス・場所などを、他者と共有・交換しながら利用してゆく社会的取り組みの事であり、具体的には、例えばAirbnb(エアビーエヌビー)などのサービスが行っている自分の自宅の誰も使っていない一室(使われていない眠っているリソース【資源】)を他者に間貸ししたり、仲間内や会社などの組織が共同で車を所有するカーシェアリングなどのことである。

その他にも、世界的にも有名になったUber(ウーバー)や同社のUberEats(ウーバーイーツ)などのサービスもユニークであり、ユーザーがスマホのアプリで自分の現在地を知らせると契約ドライバーがその場所へ車で迎えに来てくれたり、アプリで自宅に食べたいお店の食事を契約ドライバーの人が運んで来てくれるのだが、その契約ドライバーというのも、各会社に所属する専属のドライバーではなくその時仕事が可能な人たちが同様にスマホのアプリを起動して好きな時に行っているのである。

これらは社会の中で使う事の出来る人的リソースとモノを運ぶというサービスに払われる対価の交換であり、このように「その瞬間使われていない 」もの、あるいはスキルを有効的に活用していく点が、これまでの社会ではあまり意識されてこなかった非常に画期的な点だと言える。

ちなみにシェアリングエコノミーについて2009年の総務省の記述が参考になる。

「シェアリング・エコノミー」とは、典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービスであり、貸主は遊休資産の活用による収入、借主は所有することなく利用ができるというメリットがある。貸し借りが成立するためには信頼関係の担保が必要であるが、そのためにソーシャルメディアの特性である情報交換に基づく緩やかなコミュニティの機能を活用することができる。シェアリング・エコノミーはシリコンバレーを起点にグローバルに成長してきた。PwCによると、2013年に約150億ドルの市場規模が2025年には約3,350億ドル規模に成長する見込みである

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/html/nc242110.html)

えっ、シェアリングエコノミーは資本主義に変わる概念!?

このシェアリングエコノミー、実は今日まで我々が生きてきた資本主義経済に変わるものとして考えられているのであり、そのように語った人物として評論家のジェレミー・リフキンがいる。

リフキンは著書「限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭」で、IOT(あらゆるモノに電子機器が組み込まれインターネット回線に接続されるというもの)によって今後のモノやサービスはどんどんと無料に近づいてき資本主義は終焉へと向かう、というような事を述べており、その代わりとして共有型経済・シェアリングエコノミーの台頭を示唆している。

ではそのようなシェアリングエコノミーの仕組みが我々にもたらす最大のメリットとは何なのだろう。それは我々個人にとって初期費用、維持費用などのコストを削減できる、という事です。これまではベンツやBMWなどの高級車には乗れなかった人も、他者と一緒にお金を出しあって共有する事によってそのような高級車に乗れるのである。

これはより広く抽象的に考えればこれまで金銭的な資本を「持つ者」のみによって可能だった事が、広く「持たざる」者たちにも可能になってきた、という事であり、今日までの世界的な思想の流れである、リベラルな民主主義・平等主義に沿った傾向である、と言えるのではないだろうか。(人である限り、どんな人間も平等に楽しむ権利がある、みたいな)

シェアリングエコノミーにおいては「お金」という価値よりも「信用」が大切?

また異なる見方をすれば、金銭が無くても共有という形でこれまで出来なかった事を出来る人が増える為、それは金銭の価値が下がる事を意味し、一方で他者とのつながり(信用)という価値が上がるという事を意味する事になる。

例えば、この時代は信用が大切なのであり、お金が無くたって信用があれば生きていける(もっと言うとお金も信用の一つだ)という事を堀江貴文氏も述べており、蛇足になるがその秘訣はギブ・アンド・テイクではなく「ギブ・アンド・ギブ」にある、というのも非常に興味深い視点である。(引用元http://news.livedoor.com/article/detail/13436941/

また、お金が無くても信用があれば生きていける、というものの一例としては、例えばwitter(ツイッター)などのSNSサービスで沢山のフォロワー(自身のファン)に呼びかけて毎晩フォロワーの人たちの家を泊まり歩いている自宅を持たないホームレス小谷という人物の生き方などまさにその好例であろう。

https://twitter.com/kotanimakoto/status/1081122181864554497
ホームレスと言いつつも、サロンの主催者だったり、結婚をしていたり、従来のホームレス小像とはだいぶ違う……

あるいは「こんな事をしたい」というアイデアを持つ起案者が、専用のインターネットサイトを通じてそのアイデア等に共感して資金の出資を募るクラウドファンディングというサービス上で、「自身の長年の夢である高級マンション暮らしをしてみたい」というような無茶な募集をA君がかけたとして、普通ならばそんなものは自分で実現しろ、となるところが、しかしA君に対して何かしらの好意を持っている人がいたり、よし、このA君は色々面白いから応援してやろうと思う人が出資をしてくれてその夢が叶う可能性があったりする。

これもA君には全くそんな事を実現するお金はなかったわけだが、「信用」があった為に可能になった事だと言えるのである。

これまでの資本主義社会では手段であるお金が目的となる事がしばしば語られてきたが、これからの時代ではお金もより本来的な意味合いのものへと戻り、「交換のための一つの代替物」あるいは「何かを実現するための一つのオプション」という面が人々の認識の中で強調されていくのではないだろうか。

異世代ホームシェアもシェアリングエコノミーの範疇にあるもの


そして言うまでもなく、異世代ホームシェアリングもこのシェアリングエコノミーというカテゴリーのど真ん中にあるものだと言える。

勿論これまでにも見られてきた他者と一緒に部屋を共有で借りて使うルームシェア、というのも今後より活発になってゆくだろうが、異世代ホームシェアで世代の異なる他者との共同生活もまさに共有・交換の取り組みである。若者世代はリタイア世代の人に物質的な面での共有を願い出て、もう一方のリタイア世代の人々はいわば精神的な面での人生の共有を願い出る形で交換が成立するのだ。

いずれにせよ、このようなシェアリングエコノミーという概念を理解することは、現代社会を理解する上で有益だろう。

もしかすると自分が持っていて使用していないモノや技術などが、この世界の誰かにとって喉から手が出るモノかもしれないので、そのような可能性を一度考えてみれば、そこに意外なビジネスチャンスなどが眠っているかもしれない。